東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)87号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、原告主張の点(請求の原因の項四参照)において認定ないし判断を誤つた違法がある旨主張するが、その主張は、以下説示するとおり、理由がないものといわざるをえない。すなわち、
(一) 原告は、まず、本件審決が、本願発明において使用する糸と引用例のものとを同視したことを非難するが、両者は、共に、ちぢみ効果が得られるような強撚糸を用いることなく、その捲縮性を利用してしぼ立てを行ない、ちぢみ織物を織成するものである点において、技術的思想を同じくするものであることは、成立に争いのない甲第二号証(引用例)及び同第四号証(本願の特許公報)の記載に徴し容易に窺いうるところであるから、その限りにおいて、すなわち、強撚によるちぢみ効果を期待したものでない意味において、両者を一致するものとしたことをもつて不当ということはできない。もつとも、引用例の糸が有撚(強撚ではない。)であるに対し、本願発明のものが無撚性(無撚ではない。)である点において差異のあることは前顕甲号各証に徴し明らかであるが、この差異が合成繊維の捲縮糸による縮織物の製造方法において、どの程度の効果上の差異をもたらすか明らかでない本件において、右の差異をもつて、本件審決の前記認定を誤りとすることはできない。
(二) 原告は、本件審決が引用例の加撚解撚法に代えて仮撚法を採用することは当業者の適宜変換できる範囲に属するとしたことを非難するが、本願発明において採用したいわゆる仮撚法が本願発明の出願前周知の方法であることは原告の自認するところであり、また、前顕甲第二号証によれば、糸に捲縮加工を施し、その糸を糊付けしないで用いてちぢみ織物を織成する工程の結合は、本願発明の出願前公知であり、しかも、本願発明において仮撚法による捲縮糸を縮織物の製造に用いた工程の結合による効果も、各工程のもたらす効果以上に特に顕著なものということはできないから(検甲第二号証及び同第三号証の各一から三もいわば程度の差のあることを示すにすぎない。)、この点に関する本件審決の判断を誤りと断ずることはできない。
(三) 原告は、さらに、本件審決が、本願発明において、しぼ立て方法として織成後温湯中で振動を与える点につき、引用例の沸水に代えて温湯を用いることに発明は認められないとしたのは誤りである旨主張するが、しぼ立ての方法として織成後温水中で振動を与えることが本願発明の出願前周知であることは原告の認めるところであるから、本願発明において、しぼ立て方法として、温湯中で振動を与えることとした点に、周知の方法とは違つた格別の技術的意義を見出すことはできない。
(むすび)
三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却する。
〔編註その一〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本願発明の要旨
熱可塑性合成繊維糸を適宜装置により仮撚りを施すと同時に熱固定処理を行なうことにより得られる最終的には方向性を内蔵する無撚性の嵩性捲縮糸をもつて製織し、この織布を温湯中において振動を与えつつしぼ立てすることを特徴とする合成繊維の嵩性捲縮糸による特殊縮織物の製造法。
本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、原査定の拒絶理由に引用された特許異議申立人帝国人造絹糸株式会社の提出の甲第二号証すなわち本願発明の出願前に国内に頒布された米国特許第二七七一六六〇号明細書(以下「引用例」という。)には、ナイロン長繊維糸を加撚して熱固定した後解撚し、さらに最初の撚りと反対方向に僅かに加撚した糸を糊付けしないで緯糸に用いて織物を織成し、後に沸水処理して縮織物を製造する方法が記載されており、両者を比較すると、本願発明は、<1>織成用の糸が熱可塑性合成繊維糸を適宜装置により仮撚りを施すと同時に熱固定処理を行なうことにより得られる最終的には方向性を内蔵する無撚性の嵩性捲縮糸である点及び<2>織成後温湯中で振動を与えてしぼ立てする点において引用例との相違が認められるが、両者は、共に熱可塑性合成繊維の最終的には強撚が与えられていない捲縮糸を糊付けしないで用いて縮織物を製造するものである点においては一致するものと認める。
次に上記の相違点についてみるに、本願発明において織成に用いる捲縮糸の加工手段は、仮撚法といわれて、ナイロンのような熱可塑性合成繊維の捲縮加工法として本願発明の出願前周知のものに外ならないものであり、しかも、熱可塑性合成繊維の捲縮加工糸を用いて、強撚糸によらない縮織物を形成することは、引用例にも示されているように、本願発明の出願前すでに当業者の慣用技術であるから、<1>の点は、引用例の加撚解撚法に代えて当業者の適宜に変換することができるものであり、その効果の相違は、原料糸の捲縮加工方法の本来有する効果が得られるだけであると認められるので、<1>の点は、引用例と慣用技術から当業者の容易に考えられるものであると認める。また、<2>の点については、縮織物のしぼ立て方法として本願発明の出願前周知のものであり、引用例の沸水に代えて温湯を用いた点に特に発明は認められない。
したがつて、全体として、本願発明は、引用例と周知事実から当業者の容易に考えられるものであつて、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条の発明を構成しないから、本願は、特許要件を具備しないものである。